2004年11月26日

はじめに

このバンドについて考える時、僕はいつも「器用貧乏」という言葉を思い浮かべる。ものすごく格好良くて溌剌としたロックンロールを鳴らす人達だったのに、なまじ色んなジャンルの音をホイホイ咀嚼出来たが為にバンドイメージが今ひとつ定まり難くて、ついに大ブレイクには至らなかった。ミクスチャー或いはマンチェ・サウンドを先取りした3rd、鈍重なグランジをせせら笑う5thなど、今聴き返してみても現役連中と何ら遜色の無い魅力がたっぷり味わえる作品ばかりで、つくづく勿体無い思いだ。そこでここでは、彼等のディスコグラフィーを振り返って、いつ起こるとも知れない再評価の兆しを待ち望みたいと思う。

メンバー構成は以下の通り:

北アイルランドはデリーという所で84年に結成されたこのバンド、その中心メンバーはそれまでアンダートーンズ(フィアガル・シャーキー!)でギターを弾いていたショーン&ダミアンのオニール兄弟だった。そこに、当時失業中だったリーモンとキアラン、そして翌年になって米国シアトル出身のスティーブ(何気に萌えキャラ)を迎え入れて、ザッペトの基本的な布陣が揃う。 彼等はまず85年に2枚のシングルをリリース。それがかの名DJ故ジョン・ピール氏の目に留まり(何といっても彼もまたアンダートーンズの大ファンだったからね)、彼のラジオショーで紹介され注目を集めた後、晴れてデーモン・レーベルと契約を交わすに至った。


作品リスト

Manic Pop Thrill (1986, Demon Fiend CD 70)

Manic Pop Thrill

記念すべきファースト・アルバム。エコバニやバウハウス、アイシクル・ワークス等を手掛けたことで知られるヒュー・ジョーンズをプロデューサーに迎えて録音された全15曲は、どこを切っても彼等の激情がドバーッと噴出して来そうなハイエナジーなギター・ポップ。北アイルランドの複雑な政治事情を色濃く反映していると思われる歌の内容と相まって、風雲急を告げる的に目まぐるしく展開する楽曲群のスピード感、テンションの高さはこの時点で保証済みといったところか。それでいて、「躁状態なほどポップなスリル」というタイトルが示す通りに基本はあくまでキャッチー。音楽的な引出しも豊富。演奏者と聴き手とを繋ぐ窓口の風通しはすこぶる快調だ。思わずヒプノ・ビート!と叫びたくなるM1、ザッペト節の定番ともいえるM5、ツイン・ギターが奔放に暴れまわるM8辺りが聴きどころだろう。英国インディー・チャートでは当然のようにトップを取得した。

Babble (1987, Polydor)

Babble

メジャーのポリドールに移籍してリリースされた2作目。今回プロデューサーに起用されたのは、何とスワンズのドラマーであるロリ・モシマン。そのせいという訳でもないだろうが、ここでは前作以上にハードネスが増幅した楽曲が並んでいる。重厚なギター・サウンドを前面に打ち出した作風は、後年になってから一部でグランジを先取りしたとも評価され、改めて彼等の「早過ぎた」感を強めた。チャート面ではM4がシングル・ヒットを記録し、彼等がアルバム・バンドというだけでなく曲の強さでも勝負出来るグループであることを証明した(ただなー、我が家では現在このCDどこ探してもないんだよなー、もっぺん買い直さんと)。

End of the Millennium Psychosis Blues (1988, Virgin VJD-32109)

End of the Millennium Psychosis Blues

サード・アルバムにして、彼等の転換期を示す重要作、というか、我が家の一番のお気に入り。以前からハード・エッジなギター・サウンドばかりがこのバンドの身上でないことは世間も薄々感づいてはいたが、今作ではそうした予感をも軽々と飛び越えてしまった。基本的な音の肌触りは従来通りのカレッジ・チャート系低予算ロックなれど、そこに今回はカントリーやサイケデリック、ブルースにR&Bに果てはファンクまで、といった非常に雑多な種類の音楽が貪欲に詰め込まれ、アルバム全体がごった煮状態と化したのだ。いつものザッペト節にどっしりとしたグルーヴ感が加わったM1、ブリブリうなるベースの音が気持ち良いタイトなファンク・ナンバーのM5、別のエンジニア呼んで来て打ち込みに挑戦しちゃったダンサブルなエレポップ?のM7、妖しげなムードを演出しながらスティーヴのボーカルだけは相変わらず生真面目な調子なのが微笑ましいミディアム・テンポのM8、マンチェ・ブームは実はアイルランドが発祥の地だったんですか?と問い詰めたくなるズッパマリのM9等々、例の前につんのめるようなリズム感覚はそのままに、彼等の持てる音楽的語彙がここぞとばかりに総動員されている。89年当時の現役ギター・バンドでこの雑食性というのは、異例中の異例だったのではなかろうか。

プロデュースは前作に引き続いてロリ・モシマンが担当。サックスやトランペット、アコーディオン奏者といったゲスト・ミュージシャンも多数参加した、今聴いても楽しいバラエティ・アルバムだ。

Chemicrazy (1990,Virgin VLCP-26)

Chemicrazy

ヴァージン・レーベルからは2枚目となる4thアルバム。R.E.M.との仕事で知られるスコット・リットが今回はプロデューサーに起用されている。その為か、前作での雑食性はかなり後退し、取っ付き易いストレートなロック・ナンバーが大半を占めている。アメリカのラジオ向けともとれるその内容は、彼等のそれまで果たし得なかった大々的なブレイクへの並々ならぬ意欲を感じさせた。何せレコーディングもロサンゼルスで行うという気合の入りようだったのだから推して知るべし、である。ちなみに今作を前にバンドの創設者だったショーンが家庭の問題で脱退し、弟のダミアンがギタリストとして「復帰」、新たにジョン・マーチニというベーシストが加入している。

個人的には、イントロのギター・リフを一聴した瞬間「カッチョエー!」と小躍りしたくなるM1(シングル)と、狂気に押し潰されそうになるすんでのところで踏み止まっている瞬間をインストゥルメンツ全体で捉えたM2、もうこの冒頭の2曲だけで完全にノックアウト。ただ全曲通して聴いてみると、お家芸たるツイン・ギター主体の多層的なバンド・サウンドはザッペト史上最もポップなものになっていて、当時この件について旧来のファンの間で賛否両論あったようだ。

先の2曲以外の聴きどころとしては、艦長代理が「なんでこの曲ってばこんなにカワイイの」と乙女ビジョンモードに突入したM4、艦長が丁度この曲を大音量で聴きながら車走らせてて、踏み切りが降りるのにまったく気付かず危うく事故るところだったM11等が挙げられるだろうか。

Fireproof (1993, Koogat/日本コロンビア COCY-75880)

Fireproof

事実上のラスト・アルバムとなってしまった5th。ヴァージンとの契約が解消する時点で完成間近だったものを低予算で再レコーディングし、自ら設立したレーベル「クーガット」からセルフ・プロデュースにてリリースした正しく仕切り直しの一枚。 メジャーからインディー落ち、という図式からイメージされる悲愴感はまるで見受けられず、むしろ自主制作の立場に戻ってみて改めて自身等のドゥ・イット・マイセルフ感覚を再確認したのだろう、何かを吹っ切ったかのように清々しい作品に仕上がっている。これまでの、考え抜いた末に練り込まれた印象の強かったギター・サウンドがここでは良い意味で開放的になり、とても業界内の通算キャリアが20年近くなった人達の作った音とは思えない位アルバム全体が「若い」。シングル・カットされインディー・チャートの2位まで駆け上がったM1、彼等にしては珍しくバスキング感覚に溢れるM5、スティーブの歌唱力の高さがつくづく実感出来るM9等、シーンの変動や大会社の意向に左右されない彼等だけのオリジナル・サウンドは今度こそ不動のものと感じさせてくれた。の、だ、が・・・。


あとがき

結局のところ、どの時代とも微妙にズレてしまった不幸なバンドだったということだろうか。フォロワーらしいフォロワーも無く、旧譜が紙ジャケットで再発、なんていう動きも全く見られない。正直、80年代中盤からあまた登場した可も不可も無いギター・バンドのひとつとして十把一絡げにされても文句は言えないというのが実際の話だろう。

でも、これは声を大にして言いたいのだけど、玉石混合状態だった80?90年代にあって、こうまで確たる信念を持って自らが信じるロック道を邁進したバンドというのは本当に稀有な存在だったと僕は今でも思う。メッセージ・バンドにありがちなリスナー不在の独り善がりを回避し、音楽それ自体の力で聴き手の意識を覚醒させようと切磋琢磨していた彼等の姿は、間違い無く賞賛に値するものだ。だからこそ、彼等のアルバムはどれもロックを聴くこと本来の楽しみに満ち溢れていたし、「ポップ」であることへの衒いもまるで無かった。ここいら辺は正しく、元アンダートーンズ、元パンクスとしての鋼の意地の賜物だ。

再結成して中年になった姿を晒してくれても構わない。たった5枚じゃ物足らないんだハッキリ言って。またあの元気な音、聴かせて欲しいもんだよ。


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