2008年05月18日
はじめに
先頃サン・キル・ムーン名義としてはほぼ5年ぶりとなる素晴しい新作をリリースしたマーク・コズレック。彼が90年代に率いたレッド・ハウス・ペインターズは、現在でいうサッド・コア/スロー・コア(なんじゃそりゃ)の始祖的存在として近年改めて再評価の機運が高まったらしく、ここに来て新規のリスナーをまた少しずつ増やし始めているようだ。喜ばしい限りである。アル中繋がりでアメリカン・ミュージック・クラブのマーク・アイツェルに拾われたという情けないデビュー経緯を持つとはいえ(今これ黒歴史ですか)、所属先の4ADレーベルの中でもひときわ異彩を放った音楽性は、やはり時代を問わずひっそりと愛される類いの屹立した個性だったのだろう。途中レーベルをドロップ・アウトするアクシデントはあったものの、深いディレイとリヴァーブのかかった幽玄なギター・サウンドが所在無げに漂う初期から、一挙手毎に手応えを求める職工の如きざっくりとした質感が頼もしい後期まで、全6枚に亘るオリジナル・アルバムに一枚とて駄作は無い(AC/DCのカヴァー・アルバム等はウチでは未フォローです)。今や伝説となった1stから、一枚づつ振り返ってみよう。
Red House Painters - Down Colorful Hill (1992)
1992年/輸入盤

- 24
- Medicine Bottle
- Down Colorful Hill
- Japanese To English
- Lord Kill The Pain
- Michael
記念すべきファースト・アルバム。デモ・トラック集に少し手を加えた感じの生々しいプロダクションがやけに艶かしく響く。残響と戯れるマークの歌声が印象的なM2やM4等、彼等のイメージを決定付けた次作への雛形は既にここにある。いかにも4ADらしい美意識に彩られたアートワークや曲名群、長尺物全6曲という強気なアルバム構成等、彼等の商売っ気の無さが初お披露目盤にして全開した、(小声で)快哉を叫びたくなる傑作だ。
Red House Painters - S/T (1993, COCY-75612)
1993年/国内盤/日本コロムビア (解説:播磨秀史)

- Grace Cathedral Park
- Down Through
- Katy Song
- Mistress
- Things Mean A Lot
- Funhouse
- Take Me Out
- Rollercoaster
- New Jersey
- Dragonflies
- Mistress (piano version)
- Mother
- Strawberry Hill
- Brown Eyes
日本国内におけるデビュー盤であると同時に、本国のLPでは2枚組でリリースされた全14曲というボリュームを誇るセルフ・タイトル作(現在は"Rollercoaster"という副題が付けられている)。リアルタイムで彼等を知る者にとってはここでのサウンドが最も馴染み深いものの筈。永遠に続きそうなエコーに広く覆われる中、訥々と独白を繰り返すマーク。残響音の彼方に自己内省が溶解して行き、最早彼が何を歌っているのかなんてどうでも良くなってしまう位の危うい心地良さが全体を支配する。M3の後半部分で一体何度絶頂を迎えたことか。激情やノイズに荷担せずこうまであられもなく一個人の精神のヒダが衆目の下に晒され、しかもそれが丸ごと全部リスナーの心にさり気無く委ねられたギター・ロックの例を僕は他に知らない。思い出す度に口ずさんでしまうRHP版永遠のアンセムM4も要チェックだ。某所でも槍玉に挙げられていた目も当てられない酷さを誇るライナー・ノーツは不快なので読まない方がいい。ボートラとか入ってないから輸入盤で充分。トータル・タイム75分45秒(この当時のコロムビアのCDは何故か裏にトータル・タイムの記載があったのだ)。
Red House Painters - Red House PaintersII (1993, COCT-75898)
1993年/国内盤/日本コロムビア (解説:伊藤英嗣)

- Evil
- Bubble
- I Am A Rock
- Helicopter
- New Jersey
- Uncle Joe
- Blindfold
- Star Spangled Banner
録音時期は前作と全く同じながらボリュームの都合で収まり切らなかった曲を纏めて姉妹作としてリリースしたアルバム(現在は"Bridge"という副題が付けられている)。原題はこれまた前作と同じくそのままバンド名が冠されたシンプルなもの。ある意味本作を補完することでようやく壮大な2ndアルバムの全貌が明らかになる。プログレみたいな迷惑行為だなオイ、とか思ってたら後作でちゃっかりイエスのカヴァーを演ってるところがマークらしいというか何というか。ちなみに本作ではサイモン&ガーファンクルの大ヒット曲とアメリカの公式行進曲をカヴァーしている。相変わらず平気で8分を超える長尺曲を収録しているが、聴くのにまるで苦痛を伴わないのが素晴しい。激しいギター・サウンドや重かったり速かったりするリズムは疲れるからイヤだ、みたいなことを当時から語っていたマークの若年寄ぶりここに極まれり。悪戯心の勝った小悪魔がほくそ笑むかのようなコーラスが楽しいM1や、早くも確立したマーク節が炸裂しまくる名曲の再演M5等がお薦め。トータル・タイム45分01秒。
Red House Painters - Ocean Beach (1995, COCY-78466)
1995年/国内盤/日本コロムビア(解説:保科好宏)

- Cabezon
- Summer Dress
- San Geronimo
- Shadows
- Over My Head
- Red Carpet
- Brockwell Park (Part1)
- Moments
- Drop
- *Brockwell Park (Part2) - secret track
4thアルバム。いきなり軽快なインストから始まって最初少し面食らってしまう(いい曲なんだけど)。宗旨変え、という程ではないにせよ、前作までの薄靄のかかったようなエコーは減退し、楽器の手触りをダイレクトに伝える逞しいバンド・サウンドへとシフト・チェンジしている。ストリングスやピアノ、アコーディオン等ギター以外の楽器を効果的に用い、無理の無い外向性へと昇華した。ライナーに「ミニマル・ミュージック的」との形容がある通り、またも7分超えの曲が複数収録されているにも関わらず、全体的にコンパクトにまとまった印象を聴く者に与えるのはこの外向性に負うところが大きいのではないか。音の感触は若干変わったとはいえ、マークの、失意と諦念と希望とを綯い交ぜにした独特の節回しは健在で、鍵盤の弾き語りスタイルでいつになくストレートに歌い上げるM4のような名曲も生まれた。ちなみにアナログ盤ではイエスの「ロング・ディスタンス・ランアラウンド」のマークによる弾き語りアコースティック・ヴァージョンが収録されていたらしいが、それが次作収録のものと同じかどうかは残念ながら不明。RHP流ヘヴィー・ロックのM2、カントリー・テイストが心地良いM5等、ミディアム/スロー系ばかりに偏らない緩急を使い分けるようになった彼等の未来は明るかった筈なのに、4ADからはこれが最後のリリースとなった。トータル・タイム54分00秒。
Red House Painters - Songs For A Blue Guitar (1996)
1996年/輸入盤

- Have You Forgotten
- Song For A Blue Guiter
- Make Like Paper
- Priest Alley Song
- Trailways
- I Feel The Rain Fall
- Long Distance Ranaround
- All Mixed Up
- Revelation Big Sur
- Silly Love Songs
- Another Song For A Blue Guiter
アイランド傘下のシュープリームに移籍してリリースされた第五作目。所属レーベルは変わってもバンド名のロゴは不変なのが嬉しい。4AD時代の面影は最早無く、前作のカラーを更に押し進めたフォーキーなアコースティック・サウンドが穏やかに響くSSW的な一枚に仕上がっている。僕は未見だけど『バニラ・スカイ』という映画にM1がフィーチャーされたことで新たなファンを獲得したようだ。そうでなくても後年になってGAPのCMにカーズのカヴァーであるM8が採用され、ここ日本でもTVからマークの歌声が毎日聞かれていたので、知名度でいうと本作が一番なんじゃないか。他にもイエスのカヴァーM7やポール・マッカートニーのカヴァーM10をアルバムの流れを分断することなく挿し入れて音楽的キャパシティの広さをさり気無くアピールする辺り、流石はマーク、心憎い配慮である。ただ個人的には、夢見心地な酩酊ギター・サウンドから遠く離れ、地に足のついた音楽を演るようになった彼との微妙な距離を当時感じてしまったのも隠せない事実。関係無いけどM3を最初聴いて日本のヒートウェイヴを思い出してしまった僕はどうかしているのだろうか。
Red House Painters - Old Ramon (2001)
2001年/輸入盤

- Wop-A-Din-Din
- Byrd Joel
- Void
- Between Days
- Cruiser
- Michigan
- River
- Smokey
- Golden
- Kavia
98年にはレコーディングを終えていたもののレーベル閉鎖のゴタゴタ等でリリースが先送りになっていた6枚目。結局サブ・ポップ(!)からの発売となった。所属レーベルは変わってもバンド名のロゴは不変なのが嬉しい。RHP名義のオリジナル・アルバムとしてはラストにあたる作品で、以降マークはバンドと平行して作品を発表していたソロ活動の方に専念していくことになる。勿論これはサン・キル・ムーンへの布石でもある。いよいよもってベテランSSW的な風格を漂わせるようになったマークの歌声はそれでも初期の瑞々しさを失うことなく、一層含蓄深く耳に響く。ふくよかさを増したバック・トラックのリラックス・ムードも相まって、これは胸を張ってアメリカン・ロックの良心と呼べる作品だ。酒浸りの日々の隠れ蓑としてのディレイ・サウンドが微かな後ろめたさとして思い出される位、ここでのマークは真っ直ぐ音楽と向き合っている。前作にあった個人的な齟齬感は本作で見事に払拭された。ある意味師匠といえるマーク・アイツェルにも通じる滋味と深みを湛えたソングライティングの妙も冴え渡り、女性コーラスの祝福感が嬉しいM1やオルタナ・カントリー顔負けのキャッチーさが光るM4等、成長の跡が鮮やかに刻まれた楽曲がズラリと並ぶ。デビューの頃から見守って来たファンにとっては胸のすくような一枚となった。
Sun Kill Moon - April (2008, PCD-24203/4)
2008年/国内盤/P-VINEレコーズ(解説:坂本麻里子)

- Disc One :
- Lost Verses
- The Light
- Lucky Man
- Unlit Hallway
- Heron Bue
- Moorestown
- Harper Road
- Tonight The Sky
- Like The River
- Tonight In Bilbao
- Blue Orchids
- Bonus Disc :
- Tonight In Bilbao(Alt.Version)
- The Light(Alt.Version)
- Like The River(Alt.Version)
- Tonight The Sky(Alt.Version)
そして、マーク・コズレックの近況を伝える最新報告となるのが本作。物語のある歌詞、人生の哀歓をたっぷりと滲ませたボーカル・ライン、虚飾を一切省いた繊細かつ強靭なバンド・アンサンブル、どれをとっても現行アメリカン・ロックの最良の部分が抽出された一級品である。今や俳優業でも有名になってすっかり芸能人している彼でも、いざ本気になればこれだけ素晴しい作品を作り上げることが出来るという事実にアメリカの芸能界の懐の深さを感じずにはいられない。客演に招かれたボニー・プリンス・ビリーやベン・ギバードといった面々も決して出娑張ることなく先輩の作品世界に華を添えている。さながら新旧カルト・アメリカン・ロッカーによる夢の競演といった趣き。一曲毎の長さは最早マークの芸風だろう。年齢を重ねることがただ単に歳を食うだけでなく様々な蓄積の上に立った大人への道程なのだということを改めて気付かせてくれる素晴しい作品だ。
最後に
いつかRHPの特集をやりたいと思っていたところにグッド・タイミングで艦長代理がサン・キル・ムーンの新譜を買ってくれた。これが予想以上に素晴しい出来だったので、ようやくこの度彼等の旧譜をウチなりのやり方で紹介することが出来た。ディスコグラフィーとしてはオフィシャル・サイトをご覧いただければお判りの通り、AC/DCのカヴァー集とかが見事に抜け落ちているので不完全なものだけれど、一応RHP名義のオリジナル作だけはフォローしたつもりなので今回はご容赦願いたい。彼等の作品はジャケットを眺めているだけでもウットリ出来るものばかりなので、気に入られた方は全作揃えることをお薦めする。遅まきながら僕も、時間をかけて未聴のソロ作等をこれから後追いする予定なので、また機会があれば随時紹介して行きたいと思う。