2009年05月03日
追悼 忌野清志郎
昨日は早く寝てしまい、休みというのに午前4時過ぎ起床。とりあえずメールをチェックしようとPC立ち上げたら思いもよらないニュースが。それ以後ずっとWebニュースをリロードしまくって一日が終わった。今テレビじゃ『サザエさん』やってる。取り急ぎ、今日聴いた中の3枚をレビューする。
忌野清志郎 - Razor Sharp (1987)

1987年/国内盤/東芝EMI
諸事情あってRCサクセションでの録音が叶わず、図らずもの形で実現した自身初のソロ・アルバム。当時中学生だった僕は発売と同時に購入し、それこそ毎日貪る様に聴いた。ロンドン録音。バックの演奏にはイアン・デューリーと彼のバック・バンドであるブロックヘッズのメンバー、それに元クラッシュのトッパー・ヒードン等が参加している。その影響もあってか、この頃から彼が一部で“外人かぶれ”などと揶揄される様になったと記憶しているが、まあ末節だろう。新旧取り混ぜたオリジナルで構成された全11曲、シングルとなったM3を筆頭に、総じて彼がロックに転向してからひたすら追求して来たR&Bベースの日本語ロックが普段より若干ファンキーなノリで展開している。タイトル通り転機を象徴する一曲となったM1や彼らしいユーモアの光るM2も良いが、個人的にはやはりどうしても清志郎氏にしか描けない“凄惨な孤独”が色濃く刻まれたM4、M10に耳を欹ててしまう。とりわけ前者は彼が10代の頃の作品なのだから、その筆致には改めて驚嘆させられる。代表曲の沢山詰まった名盤といえよう。
The RC Succession - Covers (1988)

1988年/国内盤/キティ・レコーズ
今更ここで説明する必要も無いほど各方面で時を越えて語り尽くされた作品。UK/US問わぬロックの名曲に清志郎氏(一部共作/例外含む)が日本語詞をつけてカヴァーした、ある意味日本語ロックの先駆者による洋楽へのトリビュート・アルバムともとれる一枚。選出されたラインナップは、後になってTV番組のエンディングにも使われた「サン・トワ・マミー」といった意外なところから、ボブ・ディラン、プレスリー、ストーンズ等王道ものまで多岐に渡る。ジョニー・サンダースの煽りが無茶苦茶格好良いM1、HISに先駆けて坂本冬美を起用したM4、元おニャン子の高井麻巳子嬢の素人声と泉谷しげる氏の怒号とが凄まじいコントラストを生むM7等、聴き所満載。当時僕はこのアルバムばっかり部屋で聴いていて、不安に思った父親にかなり強く叱られた思い出があるが、正直本作の魅力はその辺の政治的イデオロギーではなく、純粋に清志郎氏の詩作の妙、これに尽きると未だに思っている。とにかくこの頃の彼の詩は文学的にも脂が乗り切っていた。『エリーゼのために』を熟読した僕が保証する。
HIS - 日本の人 (1991)

1991年/国内盤/東芝EMI
その歌唱力に惚れ込んだ清志郎氏が自身のプロジェクトに当時新進気鋭の演歌歌手だった坂本冬美嬢を巻き込んで、細野春臣氏の音楽的サポートを得て作り上げた、企画アルバムと呼ぶにはあまりに実り多い傑作。細野のH、忌野のI、坂本のS、各々の頭文字をとってHIS。ロックという狭隘なジャンルに拘らず、多種多様な海外の音楽が流入する現行日本人としてのアイデンティティーを改めて見直した、かなり志の高い一枚だ。だから平気でジミ・ヘンドリックスは音頭になるし、ビートルズは立派な演歌として転生する。あまつさえジョン・レノンが世界に向けて発信した平和へのメッセージは、病める現代の日本人を優しく癒す巧みなロジックとしてリサイクルされる始末。相変わらず清志郎氏の詩作はここでも冴え渡っている。加えて本作では、これまでそれほど取り沙汰されることの無かった彼のメロディ・メーカーとしての才能が弾けまくり、M3、M7、M8といった素晴しい名曲が生まれた。ニューミュージックならぬ昭和歌謡が現在でも十分通用することを、ここで氏は鮮やかに証明してみせた。
あとがき
逝去の一報から改めて我が家にある旧譜を早朝から聴き直してみたら、殆どすべての楽曲を空で歌える自分がいてビックリした。ここ10年ほど殆ど邦楽を聴いて来なかった僕ながら、刷り込みよろしく学生時代に耳にした彼の楽曲は未だに脳裏に焼き付いていたということだろう。まだ日本のロックがジャンルとしてはいかにも頼りなく、やっている当人達の間ですら誤謬がまかり通っていた時代に、彼はその憧れの強度と才能のベクトルにおいて、明らかに他とは一線を画するポジションにいた。ロックとはすなわち哀しく疲弊した自我の限られた主張の場であり、負け戦に敢えて身を投ずるロマンチストが集う吹き溜まりであることを、彼は慧眼としてでなく皮膚感覚で見抜いていた。「僕」という主語が「俺」以上に有する攻撃性、「俺」という主語が「僕」以上に醸すセンチメンタリズムをこれほど見事にロックの歌に転写した人は、僕は他にフィッシュマンズの佐藤伸治以外知らない(だから僕は以前佐藤を清志郎氏の後継者と書いたのだ)。“キング・オブ・ロック”なる世間での称号は些か安直とはいえ、それに相応しい才能の持ち主だったことは間違い無い。ここで改めて、その偉大な才能に敬意を表したい。合掌。