2009年05月17日
Crime & The City Solution - Paradise Discotheque (1990)

1990年/国内盤/発売:アルファ・レコード 販売:ワーナー・パイオニア(解説:Rick Tanaka)
ヴェンダースの映画『夢の涯てまでも』のサントラの中でもとりわけ印象深い楽曲を提供したのが91年。と、いうことは本盤の方が先んじていたんだな。元バースデイ・パーティーやバッド・シーズ等、ニック・ケイヴ人脈の面子が豊富に揃った老舗オージー・バンドによる、再編成後としては3枚目となるアルバム。ぶっちゃけいうと、ニック・ケイヴの名前から連想されるゴシック要素を期待して臨むと見事に肩透かしを食う素晴しい作品だ。ライナーではそれがまるで後ろめたい事であるかのように「大陸的」という形容が使われているけれど、いやこれは完全に褒め言葉として使ってオーライでしょう!と、ライターさんの肩をバンバン叩きたくなる。欧州浪漫にアメリカン・ルーツ・ロックの大らかさが加味されたこのフィクショナルなトラッド・サウンドは、ダサさスレスレの格好良さとしてしっかり結実している。時折同郷のロバート・フォスターを髣髴させるサイモン・ボニーの危うい音程の歌声も高ポイント。輸入文化としてのロックを潜行する妖しいエキゾチシズムが堪能出来る一枚だ。
2009年05月10日
A Reminiscent Drive - Mercy Street (1997)

1997年/国内盤/トイズ・ファクトリー(解説:松屋恭子)
仏テクノ/ハウス界屈指のレーベル、Fコミュニケーションズが擁する奇才ジェイ・アランスキが立ち上げたソロ・プロジェクトによるファースト・アルバム。前情報無しに商品を手に取ると、一瞬邦楽のアーティストと勘違いしそうな美しい桜の木の写るアルバム・ジャケットが、ある意味本盤の内容を象徴している。この辺りは映像作家としても名高い彼の面目躍如だろう。裏ジャケに記された「このレコードにはコンピューターは使用されていません!」との一文が示す通りに、様々なコラージュを有機的に織り交ぜつつ綿密に練り上げられたこのインスト集は、荘厳なスピリチュアリティと横溢する生命感とを併せ持った、言葉を持たない一大抒情詩といえる。正直ボーカル抜きで全16曲(国内盤はボーナストラック一曲追加の全17曲)というボリュームには当初たじろいだのだけど、殊更ドラマティックに盛り上げることなく比較的ゆったりと進行する楽曲群は、リスナーに啓発を無理強いしないので聴いていて全然疲れない。一応アンビエントの括りにあるようだが、この上品な情緒は十分ポップ・ミュージックのそれだ。
2009年05月05日
Roger - Unlimited! (1987)

1987年/国内盤/ワーナー・パイオニア(解説:原昭)
99年に48歳の若さで惜しくも他界したザップのリーダー、ロジャー・トラウトマンによる3枚目のソロ・アルバム。当時のビルボード・チャートを大いに賑わせたヒット・シングルにして必殺の名曲M1を収録。今でこそすっかり市民権を得たとはいえ、この頃はまだ十分に新進的(クラフトワーク、YMOくらい?)だったヴォコーダーを効果的に使用した本バラード・ナンバーは、ブラック・ミュージックに疎かった僕の耳にも非常に新鮮に響いた。アルバムの冒頭に持って来たという事実からも、ロジャーのこの曲に対する並々ならぬ自信が感じられる。勿論この他にも、ラップ調の曲名にわざわざ(ラップ)と付け加えた微笑ましいM3、いかにも80年代後半らしいファンク・ナンバーのM6、M7、プリンスの向こうを張ったロック・チューンのM9等、今でもノスタルジー抜きに楽しめる佳曲がズラリと並んでいる。そして個人的に一番クスッと来たのが、キンクスの名曲のギター・リフをベースにした最終曲M11。サンプリングでなく立派なオマージュにしている点が好感度大。これならレイ様も笑って許しそう。
Neville Brothers - Brother's Keeper (1990)

1990年/国内盤/ポニー・キャニオン(解説:関谷カズユキ、愛甲アイコ、愛甲蛇虎猛、その他推薦コメント多数)
ダニエル・ラノワがプロデュースした前作『イエロー・ムーン』の成功によって、より音楽的自由度を増したニューオリンズが誇る最強のライヴ・バンドによる、ライヴ盤を除いての5枚目のオリジナル・アルバム。ミーターズ経由でセカンドライン・ファンクを創出したオリジネイターらしい粘っこさを残しつつも、ラテンやカリプソといったエスニックな要素もふんだんに取り入れて、各楽曲の緩急の幅が益々拡がった一枚だ。僕は実はアーロン・ネヴィルの清廉潔白を地で行くような宗教臭いヴォーカルがどちらかというと苦手なリスナーなのだけど、こうしてアート、アーロン、シリルという兄弟揃い踏みで迫られると、上手い具合に中和されて殆ど違和感が無くなってしまうのが不思議だ。そんな中でも個人的に白眉なのが、アートがリードをとるM5、M6、M12。クリス・レアとダニエル・ラノワとルー・リードの喉を程好くブレンドしたかの様な彼の歌声は、こうしたブルース系のナンバーに実にしっくりとハマる。強靭なメッセージ性はそのままに、よりたおやかな時間軸で統一された好盤といえよう。
2009年04月29日
Mufflon 5 - All In Flames (1997)

1997年/国内盤/パイオニアLDC(解説:小暮秀夫)
これの前作にあたる日本デビュー盤『6:am マントラ』(セカンド・アルバム)が結構な高評価を得たスウェディッシュ・ギター・バンドによる、通算3作目となるアルバム。当時からダイナソーJR.やペイヴメント等、アメリカン・オルタナ系のバンドとの共通点を指摘されていた通り、いわゆるスウェディッシュ・ブームとは一歩距離を置いたクールな轟音が魅力のバンドだった。いよいよサードともなれば楽曲のヴァラエティを拡げ、リスナーの嗜好のベクトルに広範囲に対応して来るかと思いきや、どうも彼等は進化より深化の道を選択したようだ。曲によってトロンボーンやホーン、ペダル・スティールといったゲスト・パートを招いてはいるものの、基本はバンド4人のアイデアと演奏とで賄っている。今作の前にリズム隊が一新されているところから察するに、曲の大まかな体系はヴォーカルのカールとギターのフェビアンが主導権を握っているのだろうが、アンサンブルの纏りはすこぶる快調。前作の魅力のひとつだった、微妙な倦怠感を伴ったメランコリックなメロディーがより味わい深いものになった。
Vibrolush - S/T (1997)

1997年/国内盤/発売:ユニバーサル・ビクター 販売:ビクター・エンタテインメント(解説:山口智男)
まずはこのジャケットをご覧頂きたい。酷い。酷過ぎる。もし僕がプロのミュージシャンで、クイズ番組だか何だかに出演して最下位決定、罰ゲームとして濃厚青汁ジュースを飲むか自分の次のアルバムのジャケットをこれにするかの二択を迫られたなら、迷うことなく青汁入りのコップに手を伸ばすだろう。それくらい、このCDの外面はエンド・ユーザーの購入意欲を殺ぎまくるダメ効果を発揮しまくっている。せっかくのデビュー盤なのに、こんなダサ苦しいジャケットをあてがわれた哀れな人達は、NY発、ブラックや西欧人を含む4人組。ただご心配なく。デザイン回りはともかくとして、肝心要の音の方はこの手のサウンドが好きな人ならきっと気に入ってもらえるだけのクオリティをキープしている。異人種混合編成でありながら安易なミクスチャーに走らず、骨太でどっしりとしたモダン・ロックをキャッチーな歌メロで纏め上げた、手堅い一枚に仕上がっている。さしづめ、グランジを通過した新世代ヘヴィ・ロック。エモ系みたいなメタル臭が一切無い点も好印象。中古だとビックリするほど安くあるから是非。
2009年04月26日
Love Jones - Here's To The Losers (1993)

1993年/国内盤/BMGビクター(解説:岡村詩野)
“敗者達に乾杯”なんていう素敵なタイトルが冠せられた本作は、元レモンヘッズのメンバー、ベンジャミン・ドートリーが中心となって結成された5人組によるデビュー・アルバム。ポップス、R&B、ボサノヴァ、ドゥワップ等を巧みにブレンドし、気の利いたラウンジ・ミュージックへと昇華させてみせたその手腕は、とても出自をUSオルタナに置く連中が作ったものとは思えない。こういうのは各ジャンルの音楽への深い愛情が無ければ実現しない類のものだ。しかも彼等が面白いのは、この手の音楽を生業にしている連中にしては今ひとつスノッブに決め切れていない点で、聴いていても終始ドサ回りのキャバレー・バンド的な野暮ったいイメージが付き纏ってしまう。ただしこれはバンドにとって決してマイナス要素になっておらず、ウィットに富みペーソスに溢れた歌詞世界と相まって、他の単なるお洒落系には望むべくも無い聴き応えをリスナーに提供してくれる。バンドの拠点がハリウッドのビバリーヒルズというのも彼等の胡散臭さを助長しており、殆ど芸人の仕事と呼んで差し支えなさそうな印象。楽しいアルバムだ。
John Kilzer - Busman's Holiday (1991)

1991年/国内盤/発売:MCAビクター 販売:ビクター音楽産業(解説:増渕英紀)
高校時代からバスケ界のスター・プレイヤーとして名を馳せたガチな体育会系が成人期を境に180度方向転換、どういう訳かイエイツ等イギリス文学の研究家として再出発し、気が付いたら名門ゲフィン期待の新人アーティストの座に収まっていた、という変り種SSW。本盤はそんな彼のセカンド・アルバム。ロックともソウルともフォークともつかぬ、いわゆる汎90年代的コンテンポラリー・サウンドに乗せて、いかにも米国産のエリートらしい机上の空論一歩手前の現代批評を歌にしていくという、些か嫌味なタイプの歌い手さんだ。流石に大手の息がかかっているだけあって、プロダクション周りがしっかりしているので楽曲各々は安心して楽しめる。ただ、その分危な気というのが一切感じられないのが弱点だろう。一個人の歪な内的世界をいかにスパークさせるかがSSWの生命線だとするなら、既にこの時点で彼は土俵から半歩降りていると言わざるを得ない。その意味では、ファンとの濃密な関係性を拠り所にせず、あくまで職業ミュージシャンとして割り切った印象の強い一枚といえる。
2009年04月19日
Gus - S/T (1996)

1996年/国内盤/パイオニアLDC(解説:大鷹俊一)
プライベート・グランジ。そのようなジャンルが実際にあるかどうかは別として、聴いていると思わずそんな風に名付けたくなる、アメリカはLA生まれのアーティストによるデビュー・アルバム。普段グランジというと重厚で骨太なバンド・サウンドというのが通例なれど、ここではいかにも後ろ盾の覚束無いSSWが精一杯宅録で体裁を繕ってみました、的なこじんまりとしたサウンドが展開しているのがユニークといえばユニーク。ただ曲作りのセンスは中々どうしてかなり達者なもので、スローな導入部から一転して激しいサビでブレイクするM1やM8、ボノやポール・ドレイパーといい勝負の男前声でじっくりと聴かせるM3、M6、M11辺りに接していると、これが幼少の頃ガチなヘヴィメタ・キッズだった人物とは思えないほど。アイアン・メイデンやクワイエット・ライオット(こんなバンド挙げる破目になるなんて!)に心酔しながら、一体どんな経緯を経てこの作風へと落ち着いたのか無茶苦茶興味深いが、きっと彼の中では納得の行く流れだったのだろう。その佇まいはいかにも自然体だ。
2009年04月13日
The Dylans - S/T (1991)

1991年/国内盤/発売:アルファレコード 販売:日本コロムビア(解説:森川洋)
海の向こうの音楽業界には、過去にバンドを率いてデビューしたものの今ひとつパッとしないままフェイドアウトしたにも関わらず、その後何らかのブームの余波を駆ってメンバーを刷新した形で再デビューし、念願のブレイクを果たしたという苦労人が結構な数存在する。このザ・ディランズのフロントマンたるコリン・グレゴリーもそれにあたる人で、80年代中期にはワン・サウザンド・ヴァイオリンズというネオサイケ系のグループでギターを担当していたが、終ぞ成功とは無縁なまま解散の憂き目に遭っている。そういう人が折からのマッドチェスター!効果による久方振りのバンド・ブームに乗り込んでいった訳だから、これはどんなクレバーなバンド運営が行われているのかと期待して臨めば、これがもうリスナー側が呆れてしまうくらいのビートルズ・ワナビー。ハーモニーを第一義に据えたボーカル・ラインと、当時のシャーラタンズもかくや、というオルガンが跋扈する浮遊感たっぷりなサイケ・ポップ・サウンドに、コリン自身の強靭な趣味性が弾けまくっている。これを出せたんなら本望だろう、という納得の一枚だ。