2009年06月06日
Saint Etienne - Tiger Bay (1994)

1994年/国内盤/発売:WEA 販売:ワーナーミュージック・ジャパン(解説:杉田元一)
性悪女の素性を巧みに隠したまま新世代ポップ・トリオの歌姫としてちゃっかり立ち位置をキープしたサラ・クラックネル嬢の神経の図太さもスゴイが、引き篭もりのニートが宅録で中沢新一辺りのポスト・モダンを音像化したみたいな小癪なサウンド・テクスチャをうっちゃって、一足飛びに潜在購買層を拡げる鷹揚なポップ・センスを身に付けた後ろの2人はもっとスゴイ。ニール・ヤングを解体・再構築したデビュー・アルバムでのトライはまったくの若気の至りとばかりに展開するスムースで外面の良い楽曲の節々から、ポップ・スターならではの嫌味の無い売らんかな精神が感じられるのがすこぶる痛快だ。元々60年代辺りの古き良きブリティッシュ・ポップと当時全盛だったアシッド・ハウス系のサウンドとを融合させたコンセプチャルなポップを標榜していた彼等だけあって、サード・アルバムともなるとかなりこなれて来た。前2作とはスケール感からして違う。ただ、それ故にこそ、コアなファンからは以前の方が良かった、的な誹りも十分予想される一枚ではあった。
That Dog - Totally Crushed Out! (1995)

1995年/国内盤/発売:MCAビクター 販売:ビクターエンタテインメント(解説:田中宗一郎)
中古で安かったので考え無しに買って、あまり期待しないままトレイに乗せていざ聴いてみるというと、ビックリするほどその中身が自分好みだった時の喜びは、そうそう味わえるものではない。本盤はその数少ない一例だ。もう14年も前の作品とはいえ、この線でこれを越えるアルバムは個人的には殆ど見当たらない。基本的にウチではバンドの女性ヴォーカル物は冷遇される傾向にあれど、家人が何と言おうと本盤はヘヴィー・ローテーションにしたいと思う。まず、音の感触は端的にいって女性版ペイヴメント。しかも、今や当の本人達ですら再現不能と思われるファーストの頃のモタツキ感や謎の焦燥感が見事なまでにそのサウンドに根付いているのだ。冒頭のM1から揮っていて、生卵でスプーン競争に参加してるみたいなアタフタした歌い方などはデビューした頃のスティーヴ・マルクマスそのもの。ただ演奏の方は本家ほどグダグダではなく、リズム隊はしっかりしてるし随所でハモリを決めるしで、ポップスとしてのポテンシャルも相当高い。これはお薦めだ。
Thompson Twins - Big Trash (1989)

1989年/国内盤/ワーナー・パイオニア(解説:落合隆)
シングル、アルバム共に次々とヒットを飛ばした80年代の彼等の全盛期を知らないにも関わらず、よりによってキャリアに翳りが見え始めた頃のこのアルバムだけは何故か未だに個人的な愛聴盤となっている。皮肉な話である。当時レンタルして来てカセット・テープに録って聴いていたこともあってか、いわゆるLP盤でいうところのA/B面的楽曲の振り分けイメージが未だ色濃く残されている点に気付かされる一枚で、アルタイ曲でもあるM6の「粗大ゴミさ・・・」というフレーズが遠景的にリフレインされてそのままフェイドアウトする度に、今でも奇妙な寂寥感に襲われてしまう。2曲だけとはいえ名手スティーヴ・リリーホワイトまでプロデューサーに担ぎ出して来た位だ、まさか自らを粗大ゴミと名乗る自虐性は意識されてなかったろうにせよ、売り上げ的に考えて天井に唾する結果となったのは至極哀れ。前作から一人抜けて文字通りのデュオとなってしまった男女が、音楽的冒険そっちのけで手癖のみで新たなディケイドを乗り切ろうとした「粗大ゴミ」なれど、やはり僕には愛しい。
2009年05月31日
The Jeff Healey Band - See The Light (1988)

1988年/国内盤/BMGビクター(解説:鳥井賀句、増渕英紀)
ジョン・ハイアットを一曲目に持って来るなんざ、流石はわかってるね旦那!と思わず手を叩きたくなるセンスの良さ。ブルースというルーツ・ミュージックの恩恵にたっぷりと浴しながら、決して過去の遺産に埋没することなく今を見据えた現代的なサウンド・プロダクションも非常に頼もしい。つまり、事が上手く運べば一大ブレイクも夢ではなかったという訳だ。カナダはオンタリオ州トロント出身のブルース・ロック・トリオによるデビュー盤は、全盲のギタリスト/シンガーがリーダーを務める、その話題性が先行してしまった点のみを除けば、ほぼパーフェクトな産声だったといえる。全12曲中半分を占めるカヴァー曲のチョイスも絶妙なら、ジェフ自身のペンによるオリジナルの方も相当な聴き応え。当時まだ22歳ということもあって流石にその歌声にはまだ大御所勢と肩を並べるほどの深みは無いとはいえ、ペースダウン用の隙間曲などひとつとして見当たらない。例の膝の上にギターを乗せてのプレイスタイルは是非とも一度生で拝見したかった(昨年逝去)。
Lighthouse Family - Postcards From Heaven (1997)

1997年/国内盤/発売:ポリドール 販売:ポリグラム(解説:中田利樹)
イギリス北部のニューキャッスルで結成された白黒混合AORデュオによるセカンド・アルバム。ちなみに我が国では若干のタイムラグあって99年の発売となった。とにかく、個人のアーティスト・エゴや表現衝動なぞ単なる夾雑物と言わんばかりの、徹底して滑らかでスマートなサウンドが少々鼻につくほどの完成度でもって展開している。いわゆるポップ・ミュージックに不可欠のあざとさというものが本盤には一切感じられないのだ。これは裏を返せばすべてが「売れる」というベクトル一点のみに向けられていることの証だろう。己の作曲能力、パフォーマーとしての力量、更には新譜を出す際のプロモーション展開に至るまで、非の打ち所の無い自己管理が行き届いた末のエンド・プロダクト。本国では高収入層を中心にバカ売れしたというのも素直に頷ける話だ。例えば悪辣なことを露悪的に吐き散らすロッカーが意外なロマンチストで人当たりが良かったりするのは通例だが、そこへいくとこの人達はある意味ガチで冷酷無情。このドライさ加減をマゾ的に楽しむのもアリかも。
2009年05月29日
Guy Chadwick - Lazy, Soft&Slow (1998)

1998年/国内盤/ソニー・レコーズ(解説:宇野維正)
「オメエは覇気いうもんが全然無え。」「大体オメエにゃ若さが足らんのじゃ。」・・・年に一度、ないしは数年に一度会って一緒に酒を飲む程度の頻度とはいえ、その度毎に必ず僕が父親から浴びせられる罵詈雑言の数々を、そのまま本作にぶつけたい。ポスト・ザ・スミスの最右翼として80年代中頃デビュー、その後のおよそ10年間、決してスマートとはいえないキャリアを経つつそれでも忘れ難い作品を上梓し続けた名バンド、ザ・ハウス・オブ・ラヴの元リーダーによる初ソロ作は、往年の勢いを知る者にとってはどうにも複雑な印象を残す一枚となった。例えばライナーでは本作からのセカンド・シングルとなったM2を聴いて感涙に咽ぶファンの姿を予言しているが、正直僕個人から云わせて貰うなら「結局コレしか無いんじゃねえか!」といったところ。彼一流の儚げな歌メロや繊細なギター・サウンドは健在なれど、再起に向けてのテンションというものがまるで感じられないのが致命的だ。申し訳ないけど、あまり歓迎出来ない方向へレイドバックしてしまった典型例だと僕は感じた。
2009年05月24日
The Bablers - Like The First Time (1998)

1998年/国内盤/東芝EMI(解説:矢口清治)
フィンランド出身の4人組による傑作1st。ちなみに我が家にあるのは、98年にリリースされた最初の国内盤が諸般の事情で販売停止となり、越年後アートワークを変更した再パッケージにてリリースされた仕切り直し盤で、再販にあたってM1とM15が追加収録されている。さて、ウチでは毎日特にコレと決めてCDを聴くようなことはせず、取り敢えずラックを探ってチョイスを重ねるその日暮らしなリスニング環境下にある為、時折思わぬ再発見がある。本盤などはその典型的な例で、まったくアホウのような話だが、今日改めて聴き返してみてその名曲度数の高さに心底ビックリした。どっかで聴いたことあるな、と思って調べたら某生命保険会社のCMソングだったM2は言うに及ばず、初っ端から僕のハートを鷲掴みにしたM1やモダンなビートを取り入れたM4、作曲者本人が自信作と自負するM9等、心躍るタイムレスなメロディーが惜しみなく矢継ぎ早に繰り出される様は正に圧巻。正直ビートルズ等先達との比較は避けられまいが、これだけ血肉化していれば何ら問題無し。
Marshall Crenshaw - What's In The Bag? (2003)

2003年/輸入盤
例えばジョン・ハイアット、ニック・ロウ、ドン・ディクソン等、僕にはその名前を目にしただけで相好を崩すご贔屓アーティストが何人かいる。演ってる音楽が自分好みなのは大前提として、時にはその佇まいや人柄に想いを馳せることで自足してしまい、聴かずに終わる本末転倒まで起こすほどのフェイバリット。遅ればせながら本作で初めてちゃんと聴き込んだこのマーシャル・クレンショウも、即座にその枠に入った。82年のデビュー当時には「現代のバディ・ホリー」と称され、一時はパワー・ポップの元祖的な扱いも受けていたアメリカはデトロイト生まれのSSWで、これが通算10作目。8、90年代は結構コンスタントにアルバムをリリースしていたようだが、ミレニアム以降は少しペースダウン。オリジナルとしては00年代最初の作品となった。何よりもまず、この歌声の瑞々しさに驚かされる。51年生まれだからこの時点で既に50歳過ぎ、にも関わらず、まるで男三十にして立つ手前の新進気鋭アーティストの如き鮮度の高さが素晴しい。合間のインストも絶妙なタイミングだ。
2009年05月23日
Snowpony - The Slow Motion World Of Snowpony (1998)

1998年/国内盤/MCAビクター(解説:喜代門竜之介)
僕みたいな30代半ばのロック・リスナーからすると何だかとても懐かしい感触のサウンドを鳴らす人達だ。ステレオラブで鍵盤弾きをやっていた女史キャサリン・ギフォードを中心に、元マイブラのベーシスト、元ローラースケート・スキニーのドラマー等が集まった打ち込み主体のギター・ロック・ユニットで、これがデビュー・アルバム。かのジョン・マッケンタイアがプロデュースを買って出たおかげもあってか、寄せ集め的なイメージを払拭する方面に労力を費やさずとも彼等なりの魅力が十二分に発揮されている。単調なドラム・ループ、メロディを殺さない程度に刺激的なギター・ノイズ、精一杯楽曲を演出しようとするホーンやストリングスのサンプリングと、エレメントひとつひとつを取ってみるとさしたる斬新さは感じられないものの、そこにキャサリン自身の低血圧ボイス(個人的にはマイブラの姉ちゃん思い出した)が乗っかると不思議といい感じの雰囲気に仕上ってしまう。シューゲイザー的美意識が再び脚光を浴び始めた昨今のシーンに実は結構うってつけの音かも知れない。
2009年05月17日
Belly - Star (1993)

1993年/国内盤/日本コロムビア(解説:中川五郎)
4ADの80年代を支えた名グループ、スローイング・ミューゼズにおいてクリスティン・ハーシュと人気を二分していたギタリスト、タニア・ドネリーが初めてリーダーシップを執った4ピース・バンドのデビュー・アルバム。本作の前に元ピクシーズのキム・ディール等と手掛けたプロジェクト、ブリーダーズの1st『POD』があって、そこでの音が結構逞しいものだったのでこっちもその線で来るのかな?と思いきや、意外なほど柔らかい手触りのサウンドに仕上っていて少し驚かされた。「天使」や「魔女」や「星」といったタイトルが示す通り、全体にファンシーで幻想的な調子の楽曲で占められていて、そこをタニア自身による理性より本能を優先させた歌声がふんわり被さるというスタイルが本盤最大のアピール・ポイントとなっている。あとここで密かな敢闘賞をあげたいのがリズム隊の面々で、夢見心地な歌詞世界を弾けるポップネスへとドライヴさせた彼等の貢献度は相当に大きい。ともあれ、90年代以降のフィーメイル・バンド達に先んじるに相応しいクオリティを誇る一枚だ。