2009年10月04日
Soft-Tags - Blue House (2009)

2009年/輸入盤
日頃贔屓にしているFMラジオの番組内で、DJが彼自身のリクエストとしてオンエアした楽曲を耳にしてたちまち虜になってしまったバンド(前も似たようなことあったな)。何かもう時代性とかオリジナリティとかすっ飛ばしてとにかく格好良い!のひと言だったので、速攻でアマゾンに注文した次第。マイスペすらロクに更新出来ないほどの弱小インディー故か、はたまた想定以上に輸入に時間がかかったのか、結構なタイムラグを経て届けられた本盤、とりあえずこの変則パッケージだけはやめてくれ、と開封直後は顔を顰めたけれど中身の方は完璧に僕好みだった。少なくとも、この音が鳴っている間は今が1978年だといわれても僕は信じる。作り手の音楽的キャパがリスナーの精神の浮き沈みに対してどうにでも対応出来るほど広くなった現在からは想像もつかない、「あの頃」のヒリヒリ感を如実に伝える見事なポスト・パンク。自己主張あるのに人見知り激しくて、喧嘩はからきし弱いくせに向こうっ気だけは強い、みたいな。こりゃある意味天然記念物かも。
2009年09月27日
Mew - No More Stories Are Told Today I'm Sorry They Washed Away No More Stories The World Is Grey I'm Tired Let's Wash Away (2009)

2009年/国内盤/ソニー・ミュージック・ジャパン(解説:新谷洋子)
どんなに音自体の感触がソフトなものであろうと、ロックならばすべからくその内に何らかの攻撃性を孕んでいなければならぬ、との仮説に従うなら、彼等は既にロックというジャンルから大きく逸脱した存在になってしまった。そう強く感じさせるニュー・アルバムだ。一応メンバー達には本作をリスナーと現実世界とを繋ぐ端緒として機能させたい狙いもあった様だが、ここに連なる14の楽曲(作品の性質を考慮して敢えてボートラは省く)は、そうした作り手の意図を越えて、小五月蝿い外界の由無し事に対して完全なだんまりを決め込んだ別世界として君臨している。現実逃避という内省でもって社会を討つドリーム・ポップではなく、生まれながらにして知性と教養とを兼ね備えた赤子が紡ぐまったく新しい寓話としてのソフト・プログレ。もう攻撃の必要すら無い訳だ。ブロック・パーティー等の新世代NWから、コープランドやMaeといったラウドに阿ないエモ系、果てはハットフィールド・アンド・ザ・ノース、ソフト・マシーンといったズッパマリなプログレッシヴものまで奔放に往来する音楽性はここにひとつの極みを見たといって良い。
Rev Hammer - The Bishop Of Buffalo (1994)

1994年/国内盤/日本コロムビア(解説:花房浩一)
かのレヴェラーズが縁で知ることとなったロンドン出身のSSW。この手のアーティストの場合、これがデビュー作なのかサード・アルバムなのか、はたまた数年ぶりに復帰しての7枚目くらいの作品なのか、いちいち詮索する気がまるで湧いて来ない点が素晴しい。両親が好んで聴いていたカントリー&ウェスタンの産湯に浸かり、物心が付く頃にはフォークやブルースといった伝統音楽の探求に執心。レヴェラーズと親交が厚く、トラヴェラーズの主催するフェスティヴァルに頻繁に出演。でもって普段の活動は専ら旅から旅へのバスキング生活・・・と来れば、もう聴く前からどんなサウンドが展開しているのか粗方予想出来てしまう。大体1曲目のタイトルからして「子羊」だし、8曲目には「酔いどれワルツ」なんてハイライトが用意されてる。はい、まったくもって期待通りのスナフキン・ソングがギッシリ詰め込まれております。面白いのは、彼が素人の頃ルーム・シェアしていたのがあのニュー・モデル・アーミーの面々だったという話(ライナーより)。一体部屋でどんな話してたんだろ?
2009年09月20日
Murry The Hump - Songs Of Ignorance (2001)

2001年/国内盤/徳間ジャパン(解説:油納将志)
まずは深読みから。アルバム・タイトルがいい。「ソングス・フォー…」でなく、「ソングス・オブ…」としたところに、このバンドの歌に対する距離の置き方と気概のあり様がひしひしと感じられる。同類相憐れむのでなく、あくまで無知で無定見な自分達のことを歌った歌集。勿論そこには多分に反語の意味も込められていようが、この「引き受けた」感じに、知性派UKギター・バンドとしてスタートする上での最低限の覚悟が顕れていると言えはしまいか。事実本作は、才能溢れるギター・バンドによる粒揃いの楽曲群の体裁をとってまるで揺るぎが無い。だからこそ余計に、彼等がこのデビュー・アルバム一枚と数枚のシングルを残してあっという間に解散してしまったことが残念でならない。ブラーのアレックスから最大級の賛辞を受けたとのトピックが悪い方へ動いてしまったのだろうか。ちょっとスラップスティック入ったユーモア・センスと、いかにも英国人らしい風刺精神とが彩る歌詞の世界観、そしてそれを心地良くドライヴさせる多面的なサウンドは、かなりのスルメ系。未だ愛聴盤。
The Divine Comedy - Casanova (1996)

1997年/国内盤/ソニー・レコーズ(解説:中川五郎)
北アイルランド出身ながら、93年のアルバム・デビュー以降本国の誰にも増して英国ポップ特有のロマンティシズムを濃密に体現し続ける伊達男ニール・ハノン。そんな彼の実質的なソロ・プロジェクトによる一大出世作が本盤。日本で初めて紹介された一枚でもあるので、ひときわ思い出深いというファンも多いのではないか。かくいう僕も、以前に友人宅でデビュー作等を聴かせて貰っていたとはいえ実際に所持するのは本作が初めてだったので思い入れも強い。ダンテやミルトンといった古典からの援用を大胆にフィーチャーしつつも、決して高踏的にならずポップのフィールドに踏み止まるニールの類い稀なセンスが最も判り易い形で音像化したアルバムで、イギリスのみならずフランスでもかなりのヒットとなった。この頃のニールには良い意味での隙があって、ペダンチックなノリでもって嬉々として自らのルーツを露にする稚拙さが特異なチャームポイントになっていたのだけど、これ以降彼は加速度的に「人生的なるもの」への追求に傾倒して行った。それもまた人の道か。
Mika - Life In Cartoon Motion (2007)

2007年/国内盤/USMジャパン(解説:高野裕子)
つい先頃セカンド・アルバムがリリースされて結構な話題となったレバノンはベイルート生まれのSSWによるデビュー・アルバム。聴いていると、この煌びやかさ、この間口の広さは一体何事か!?とこちらをたじろがせてくれる一枚。その一方で、ポップ・ミュージックの持てる普遍性、他人の耳にすうっと入り込んでいくだけの浸透力について深く考えさせられる作品ともいえる。例えば、マニアックなインディーのギター・ポップを人知れず愛でる中毒者にも、或いは日頃Exileや青山テルマとかのJポップしか聴かない中学生にも、はたまた奥さんに内緒でビートルズのリマスターBOXを大人買いして失われた青春を反芻しているオヤジ世代の管理職にも、等しく「あ、これ聴いた事あるかも。」と一瞬で察知させるだけのパワーが彼の音楽には宿っている。これがエヴァーグリーンに通ずるか否かはまた別の話で、一聴して売れ線だの大衆迎合だのといった誹りに繋がらず、恐らくは概ね好印象で現時点では迎えられるであろうクオリティを保っている点がここでは重要だ。
2009年09月13日
Caesars - Paper Tigers (2005)

2005年/国内盤/東芝EMI(解説:沢田太陽)
iPodシャッフルのCMソング“ジャーク・イット・アウト”で一躍世界的なブレイクを果たしたスウェーデン出身のガレージ・ポップ・バンドによる、通算4枚目となるアルバム。何か知らんが国内盤ではリード・トラックとしてアルバムの流れを無視して件の曲が収録されてて、個人的にはザ・ダンディー・ウォーホルズの時の日本のレコード会社のイヤらしい商魂がチラついてしようが無かったのだけど、聴き終えてみて安心。これは素直に快作だった。先述のM1のヒット確約!みたいな外面の良さだけでない、彼等のソングライティングの妙が十二分に発揮された全14曲には、北欧バンドとのフィルターを介さずともUK/USの連中と問題無く渡り合えるセンスを携えた才能がかの地から続々と輩出されてる現状を見事に裏付けるだけの勢いがある。ブリット・ポップ華やかりし頃を髣髴させるパワフルなギター・ロックから、まるで80年代中盤のネオアコ爛熟期を再現したかのような情緒的なナンバーまで、多岐に渡る楽曲を縦横するオルガンの音もこれまた快感。
Rumors Of The Big Wave - Burning Times (1993)

1993年/国内盤/ワーナー・ミュージック・ジャパン(落合隆)
今となってはその消息すら掴めなくなってしまった短命バンドによる、ワールドワイドなデビュー・アルバム。ワーナー傘下のアース・ビート!レーベル契約第一号アーティストとして華々しく世に送り出された割には、まるでパッとしなかったみたい。今回これを書くにあたってせめてそのキャリアだけでも調べようと海外のサイトを色々調べてみたけど、結局判らずじまいだった。ただこのアルバム、作品単体でいうと結構僕好みで、個人的には経年ダメージも殆ど感じさせない内容だった。例えるなら、日曜日の午前中によくあるTVの報道番組の合間に流れる企業CMとかのBGMに使うとしごくピッタリとハマリそうな、そういった意味でのコンテンポラリーな滑らかさを伴ったサウンドが彼等の最大の持ち味だといえる。本国アメリカのレビューでは安易にU2やミッドナイト・オイルの名前が引き合いに出されていたけれど、男女それぞれ一名ずつメイン・ヴォーカルを擁するこのグループは彼等よりはフレキシブルな音楽的伸び代を孕んでいたと考えられるだけに、素直に惜しい。
Cud - Showbiz (1994)

1994年/国内盤/ポリドール(解説:沼崎敦子)
英国はリーズ出身のギター・ロック・バンドによる6thアルバム。A&M移籍後、と同時に国内盤リリースとしては2作目にあたるが、これは会心の一枚といえるのではないか。ドサ回りが板についた叩き上げのバンド・サウンドに、UK特有の優男メランコリアを素足で踏みしだくグリッターなメロディ・ラインがじっとりと絡み付き、何とも類い稀な逞しさを獲得しているのには恐れ入る。実はウチからするとダサさスレスレなラインに位置する朗々とした歌い上げっぷりを披露するカール・プットナムの歌声も、これがもうちょっと向こうに傾いていたら即効で中古屋に持って行っていたかも知れない類いのものでありながら、何気に今作の持つ説得力に大いに貢献している点も見逃せまい。ざっと聴き流すとスウェードやパルプといった当時のネオ・グラム勢一派とも捉えられる華やかさを纏った音楽性なれど、歌詞に溢れるペーソスよろしく、じっくりと耳を傾ければ連綿とかの地に続く「そりゃ人生を描くんだもの、音が歪んだって仕方ないよな。」的曲者サウンドの系譜もしっかり見て取れる。
2009年09月06日
The Push Kings - Far Places (1998)

1998年/国内盤/バンダイ・ミュージック・エンタテインメント(解説:神谷弘一)
フィンとキャリック、2人の兄弟がメインとなってヴォーカリスト/ソングライターを務めたボストン出身のギター・ポップ・バンドによる、本国アメリカより2ヶ月先んじて国内リリースされたセカンド・アルバム(この事実からも、当時のレコード会社の期待度の高さが窺えるというもの)。恵まれた家庭環境の下に育ち、互いにハーバード大学へと進学した優等生ならではのお行儀の良いサウンドが終始展開している・・・とでもなっていれば収まりも良かったのだろうが、本作での彼等はそんな単なる“いい子ちゃん”では済まされないほどの進化を早くも遂げている。オールディーズっぽいコーラス・ワークと、楽曲に漂うどこか牧歌的な雰囲気が、どうしてもサークル活動の延長みたいな印象を与えたデビュー・アルバムと較べるとこちらは遥かに「プロ」の作品だ。70年代のディスコ・サウンドやヒップホップ的な手法の導入という表層的な変化もさることながら、ここでの彼等は「人前で歌を歌って金を取る」という自らの職業意識に初めて目覚めたかのよう。海外メディアでの評価の高さも頷ける一枚だ。