2009年11月03日
Bad Lieutenant - Never Cry Another Tear (2009)

2009年/国内盤/ホステス(解説:新谷洋子)
フッキーのリード・ベースが無いとはいえ、基本的には『ゲット・レディー』以降のバーニー節が保たれた秀逸なギター・ロックが並んでいる。アレンジにN.O.の黄金時代には想像すら及ばなかったふくよかさが備わっている点はフィル(早くマリオンを!)の貢献が大きいと思われ、自分と波長の合う若手を見出すバーニーの嗅覚の確かさも証明された形になっている。これなら新規のファンも安心して入って来られる筈だ。
しかしながら個人的な印象でいうと、それこそ『ゲット・レディー』以降のN.O.で露見したバーニーの弱点を改めて浮き彫りにした、何とも言い様の無い虚しさの伴う残酷な一枚となった。この、エレクトロニックの2ndをギター・サウンド方面に特化させたみたいな新譜から聴こえて来るのは結局、ギター・ロックとエレ・ポップとの振幅をあり得ないバランス感覚で綱渡りさせて来た影の功労者、ギリアン・ギルバートの不在以外の何物でもない。復活後のN.O.に僕が抱き続けた齟齬感も、つまりはそこに起因していたのだろう。
「シーヴス・ライク・アス」や「ビザール・ラヴ・トライアングル」、或いはスティーヴン・ヘイグという他者も介在した「トゥルー・フェイス」等で味わうことの出来ためくるめく音楽体験は、紛れも無くバーニーとギリアンとの間で生じたケミストリーによるものであった(勿論人間関係なぞ無関係だ)。今更それを望むのは叶わぬ夢とはいえ、50歳過ぎて尚新人面してバンド・サウンドに希望を見出そうとするバーニーはどうにも見苦し過ぎる。これではN.O.末期から引き続いて担ぎ出されたフィルやジェイクが可哀相だ。
僕はバーニーの本質はエレクトロニックの1st、それもジョニー・マーやニール・テナントの殆ど関わっていないマテリアルにこそある、と考えるファンであって、つまりは「タイトゥン・アップ」や「ギャングスター」をこそバーナード・サムナーの代表曲に挙げる困ったチャンなので、人によればこのレビューはかなり不快な代物になっているかも知れない。でも彼が新バンドを率いて再スタートを切った今こそ、僕は声を大にして言いたい。若い頃みたいにギターで作曲する楽しみを再確認した、とかふんぞり返ってのたまってないで、名曲ポンポン生み出してくれたシンセを見直しなさいよ。そうすりゃ「1963」や「ヴァニッシング・ポイント」レベルとまでいかなくとも「ラン」や「エヴリ・リトル・カウンツ」程度の曲くらい書ける様になるから。
心優しい往年のファンは本作をも「許す」のだろうか。僕は何だか複雑な気分だ。